台湾の歴史的日本建築巡り



 

台北の街を歩いていると「日本人にとってレトロで懐かしい」と感じられる方も多くいらっしゃると思います。

 

日本が台湾を統治した明治、大正、昭和初期は、最も海外の影響を受け、日本と西洋の文化が融合された最も激動の時代でした。

 

その古き良き時代の建物が大切に残されていることも影響しています。

 

特に台湾中央政府の官庁が集中する「博愛地区」の建物は、日清戦争が終わり下関条約にて台湾の日本統治時代がはじまった1895年(明治28年、光緒21年)4月15日から第二次世界大戦が終わりポツダム宣言によって台湾が中華民国に編入された1945年(昭和20年、民国34年)10月25日までの50年間に建設されました。

 

日本建築というと瓦屋根や木造建築をイメージする方も多いと思いますが、日本が西洋文化の影響を受けた時代のルネッサンス様式の赤レンガの建物が多いことが特徴です。

 

もちろん地方に行けば瓦屋根の日本の木造の屋敷なども残されています。

 

総統府

台湾総統府

 

日本統治時代の代表的な日本建築のルネッサンス様式の赤レンガの建物と言えば、1919年(大正8年)に竣工した「台湾総統府」です。

 

 

ホンロウ

西門紅樓

 

1908年(明治41年)に台湾ではじめての政府が建設した公営市場の「西門紅樓」は、当時台湾総監府建築科を担当し西洋建築が得意だった日本の建築家「近藤十郎」の設計です。

 

 

問屋街

迪化街(ディーファージェー)

 

台湾にはいくつかの問屋街がありますが、その中でも「迪化街(ディーファージェー)」は、19世紀中頃から貿易の拠点として栄えた中国からの移民が淡水街の水運を利用して形成した台北で最も古い問屋街です。

 

この街は経済、社会、文化の台湾の発展の中心地であったばかりか、人文などの芸術の中心地でもありました。

 

直木賞受賞作「流」の舞台にもなった街です。

 

もとは「大稻埕(ダーダイチョン)」と呼ばれていましたが戦後になって「迪化街(ディーファージェ)」となりました。

 

日本統治時代に漢方薬やお茶、布類の集まる問屋街が完成し、今も当時の豪商たちが建てた日本建築のバロック様式の建物が残っています。

 

台湾下町レトロな気分を味わえるのも迪化街の特徴で19世紀末期に建造、1920年代(大正9年〜昭和4年)に改装されたクラシックな洋館が残る街並みもこの街の魅力です。

 

日本同様でここ数年で台湾を訪れる外国人観光客が多く台湾においても「歴史的に価値のあるものを大切にする」という風潮になり、今では築100年超の建物を改装した店やギャラリー、カフェが続々とオープンしています。

 

リノベーションされた建物には、この迪化街のある大同区を良い街にしようとクリエイターが集まるスペースもできており、若者のアートに対する関心の深さのあらわれです。

 

また、この街では台湾旅行で欠かせない地元密着の台湾料理の食堂ついても創業120年、80年、50年という老舗が今も現役で行列を作りお客さんで賑わっています。

 

この台湾の古い街並みを背景に映画やドラマなどの撮影もよく行われていて、街を歩いていると台湾人、日本人などの芸能人とバッタリ会うことも少なくありません。

 

歴史のある古い街と台湾の若い世代のクリエイターたちのアートや文化が融合したとても魅力的な街ができつつあるのです。

 

現在も古い建物をリノベーションするため街のあらゆるところでブルーのシートが取り付けられ改装工事が行われていています。

 

今後この街がどのように進化するのか楽しみです。

 



 

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